1. まにんげん

 

 

  彼の名前は只野安曇(ただのあづみ)と言った。

いつも考え事をしてボーッとしている。

まるで存在感がなく、彼が休んでいる時も誰も彼が休んでいることに気付かなかったし、

居ても誰も彼が居ることに気付かなかった。

勿論友達はいるのだが、表面上なだけで、その友達も安曇が休んでいるとか居るとか あまり気付かなかった。


席替えで一緒になった椛山洋子(かばやまようこ)。

ガタガタッ

席を移動して動かす作業後、皆がふーっとため息を漏らす。


洋子を一瞥して安曇は言った。

「真人間だ」


洋子「・・・?(真人間?)」

安曇はとても驚いた顔をしたが、、すぐに向き直り、、

トイレかどこかに行ってしまった。





ふぅ

お弁当を開く洋子。そこは学校の屋上であった。

昼食時。


屋上って人が良くいるイメージがあったけど、うちの学校は誰もここに近寄らないのよね・・・

寒いからかな?

そう思いながら適当にコンクリートのほこりを払ってもそもそ食べる。


きゃ!!

思わず小さな声を上げる。


結構遠くに安曇がいた。

パンのようなものを食べているようだ。


「(き、気付かなかった・・・)」


ええと、只野君、、だっけ・・・

どれだけ存在感が無いんだろう・・・


で、でも

「(羨ましい・・・)」
と洋子は思う。

洋子は逆に、目立つのだ。

特に外見がどうとか、奇抜な格好だとか話し方がどうだとか・・・
何もない、どちらかと言うと地味~な方なのだが。


洋子が一日学校を休んでだけで、、「俺ら何か椛山に変なことしたっけ??」
とクラス中が大騒ぎになる。

或いは洋子がひとこと何かを褒めると、褒められた対象は訳の分からない注目を浴びる。

けなせば、それが人間だった場合、ショックのあまり次の日学校を休んでしまうのだ。


洋子は影響力が悪い意味で強く、存在感が半端ないのだ。
地味~な人間にも関わらず・・・。(真性といえよう)

ゆえに友達、も作らなかった。「作れ」なかった。その友達が妙な注目を浴びてしまうからである。


・・・なんか、昔、、只野君に何かをあげたような?そして奪いもしたような・・・
何だろうこの変な感覚。

・・・?

た、只野君に話し掛けてみようかな。
でも嫌がられたらショックだし、、

悶々と考える洋子。


気付いたらいなくなっている安曇。

「(出て行く姿くらい見過ごさずに分かりそうなものなのに!)」


さすがに驚く。


タッタッタ

ガラガラッ・・・


昼食後、少し走って教室に戻り 思い切って安曇に言った。

「た、た、只野君っ」

「・・・はい」


さ、さっき屋上いたよね?

いたね。

あの、・・・


し~~~ん



「・・・屋上にいた。それが?」
沈黙に疑問になる安曇。


「こ、今度さ、一緒に食べない?」

何故か急に(さっきまで緊張していたのに)ニコッと笑う洋子。


周りがざわつく。


な、なに!

椛山が只野を誘ってるぞ!!

なになに? 付き合ってるの?
知らない。初めて聞いた。

マジで?

あのふたりが?

えーなになに何の話?

結婚するの?

えーマジで?結婚まで?

ばっか最後まで聞けよ!!



・・・


「あの」
洋子が言う。

「分かってる。外行こう」

安曇が言った。


ふたりが連れ立って歩く姿を見て、

「やっぱりあのふたり付き合ってるんだー!!」

の声がとても美しいハーモニーのように流れていた。


お、屋上!

洋子が促す。

「遅れない?午後の授業」と安曇。


ま、まだ10分あるし、と洋子。


「椛山さん」「は、はいっ?!(テンパリすぎ)」

「折角だ、サボっちゃおう」
午後の授業


さぼさぼ・・・さぼるのはーよく、よくない!!

(椛山はこれでも優等生。サボったらテストの点に響くと思っている)


「いいから」

そのままスッと洋子の前をすれ違い、屋上へ向かう安曇。


・・・

雰囲気に圧倒される洋子。





そ、そんなこと。。
確か日本昔話で聞いたことあるけど


日本昔話で、善良だけど貧乏な男がオオカミから謎のヒゲ(マユゲだったかも)をもらい、
「これで人間を見てみろ」と言われ、

見てみたら、人間たちが途端に動物に見えるようになった。
人を騙すような人間はネズミに見え、

人をたぶらかすような人間はキツネに見え、、
お金ばかりを貯めようとする人間はタヌキに見え、、

そんな話があるのだ。



5歳頃かな。
「この変な能力がついたのは」安曇は言う。


「人がチンパンジーやゴリラや北京原人に見えるなんて・・・」

安曇「マシな奴はネアンデルタール人に見える」


『真人間だ』


あの日の安曇の言葉。


洋子「あ、私は、、真人間なの?クロマニョン・・・」

安曇「ああ。クロマニョン人と呼称されてるな」


只野君は?只野君自身は・・・
疑問を投げ掛ける。

「俺は・・・何でもない」

いないのと同じだ。何かに区別されることも仕分けられることもない


初めて気付いた。

只野安曇。

そういえばこういう人間がいる、ということを・・・

 


 

 

 

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